散る桜もまたさくら

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2011年 05月 23日

すげぇじゃん、にっぽん!!其参

今回の地震・津波の大災害の起こる様子、そしてボランティアの人々の活動や放射能の問題の番組をテレビで見ながら、広島に生まれ広島で育ったわしは、やはり原爆のことを思わずにはいられない。
其弐で書いた
あるじーさが、病の床にあり、病の苦しみの中から吐いた言葉。
それは
「土徳」という言葉。

このじーさにも当たり前のことではあるが、人並みに子供時代があり青春時代に恋もし、そして人並みに結婚もし子供も授かり中年時代を経て老人になり病の7年を過ごし、死を迎えた。

じーさは広島に生まれ、理由ありで他所の土地で育ち、また、原爆当時も広島にはおらず、両親、4人の姉弟を一瞬にして失い、1人生き残っていた弟とも34年後に死に別れ、以来原爆で自分だけ生き残ったという後ろめたさや家族を亡くした悲しみを背負いながらまたそんな感情をひた隠しにして72年の生涯を生きてきた。人生の後半は妻と共に。。
 原爆当時の広島のことについてひと言も語りたがらなかった男が、老人になり病の床にあって宣。

**************

広島に原爆が落ちた。
時にじーさ17歳。
他所の地にいたじーさは、「何でも広島に大きな爆弾が落とされたげな」
…当時の情報網では、それぐらいしか知ることができなかった。

父は、母は、姉は、弟妹は・・・
喘ぐほどの大きな不安の毎日だった。
やっとのことで帰る手筈を整えることができ、
手に入ることが困難な切符もやっとのことでとって、
原爆直後の広島に帰り着き
列車から降り立って目の前に広がるのは
果てしなく続く焼け野原だった。
廃墟と化した光景には、あの懐かしい故郷はなかった。

家族を探して歩き、道なき道を歩き、
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そこら中には焼け焦げた遺体の山、
変り果てた故郷の目に入るもの全て、
驚きも悲しみも何も感じることなく空虚じゃった。

やっとのことで、親戚の叔父に逢え、
まだ幼かった妹のカズコが親戚の家で、原爆症の症状で苦しみ、
どんどん抜けていく髪を見て泣きそうにまた苦しそうに
「この髪・・・また生えてくるかね?」と、
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ぽつりと言うて死んでいった話を聞いた時にゃわしゃ、
涙が止まらんようになったゎぃ。

家族は7歳の弟以外皆死んでしもうて。
その当時の広島は、そこに住めるかどうかが全く見当もつかなかったという。

じーさにしてみれば、そこにおって当たり前の家族を失い、
そこにあって当たり前の家も地域のみんなも全て失ぅてしもうて、
でも、そげなもんはじーさだけじゃのぅて、
みんながみんなそげなかった。

もう何から手をつけてええのやら・・・
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でも、落ち込んで泣いてばかりいたんでは何も始まらん。
ちょっとずつ、ちょっとずつみんな動き出した。

廃材やら鉄くずを集めて「バラック」と呼ばれる建物をつくりそこに住んだ。
親戚の叔父やら叔母やら地域の人やら集まって、みんなで地域を再生していった。

17歳のじーさがいっぺんに家族を失い、悲しみやら後ろめたさやら、家の再生という責任の重圧
そげな有象無象の感情をどうやって乗り越えていったんじゃろかと、聞いてみた。

じーさは、それは「土徳」じゃと言うた。

広島なら広島。世羅なら世羅。K山ならK山。
福岡奈良いや・・・もとい福岡なら福岡、山口なら山口。東京なら東京。
福島なら福島。北海道なら北海道。

その土地の風土、伝統、文化、慣習、その地域に昔から伝わる繋がりや、
その土地の人たちの根性もあるかもしれん。
それらに恩恵を被ることを「土徳」じゃと、じーさは言う。

じーさの言葉・・・

「土徳はそこに育つものに影響を与える。
影響を与えられた人々はだんだん年をとって死んでいくので無いなる。
力も無いなっていく。
影響も与えられんようになる。
じゃが、その地域の人々にずーっと焼ついとるけぇ土徳だけは残り伝え続けられる。」

へぇで、じーさは、何もかんも失うたが、
故郷に残された「土徳」にお育てを受けてきたと。
広島の土徳があったけぇ、苦難も乗り越えてゆけたと。

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其壱で登場した、大工さんやペットさんの話。
はつこさんのお嬢の話。
大震災から色々な報道や番組を見たりしてきたが、
にっぽん人は、すげぇゎ。

何か行動にする人。
その人なりの色々な事情があって行動は出来なくても、
あれやこれや考えとる人。
東日本の方々はもちろん西日本の方々までも、
自分に出来ることをしとりなさる。

使わない電気のコンセントを抜いたりと、言うような節電したり、
茨木産の野菜があったら努めて買うようにしとる・・・とか
こないだサロンがあったのだが、
お年寄りまでもご自分で出来ることを一生懸命しておられる。
日本中が大震災で、動いとる。

助けるとか、支えるとか、ボランティアとか
そげなもんじゃのぅて、
もっと深いところで、
「他人事」じゃのぅて、「我事」として動いとる。
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にっぽんは島国で、狭いとかこまいとか、
もっと他所の国をみならえとか言われてきたが、
そげなにっぽんじゃけぇこそ、できることじゃねぇかのぅ。

同胞・・・はらから
これが、にっぽんの土徳じゃねぇかのぅ。

わしの知る限りでは
関東大震災、東京大空襲、大阪大空襲、広島原爆、長崎原爆、阪神淡路大震災…
今思いつくところはこれだけじゃが、数え上げればきりがない。

考えてみればにっぽんはこれまで幾多の苦難に遭いながら
そのたんびに乗り越えてきた国じゃ。

放射能漏れ、被災された方々への心身のケア、
数々の問題が山積みにあるが、
東日本大震災も、
にっぽんは、にっぽんの土徳で、乗り越えるに違いない・・・
と、思うた。

どっかのお国の風刺人形劇で
「日本は60年間も復興に向けた努力をしていない」
とかテレビで放映したと言うが、

そげに言われてもにっぽんが、わしは好きじゃ。
島国根性のにっぽんと言われても好きなんじゃっ!!
誰が何と言おうと、好きなもんは好きなんじゃっ!! (ノ`A´)ノ ⌒┫

きょん②風に・・・
なんてたってにぃ~っぽんっ♪

長くなりすみませんでした
そして、其参までお付き合いいただき、
ありがとうございましたm(__)m

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by chirumegu | 2011-05-23 22:28 | 生きとるね


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