2007年 08月 06日

8.6.に思うこと 

今日は 8.6. 原爆の日でした。
8:15の 黙祷
毎年 私はここで 何をしていても 目を瞑ります。


原爆がおとされる前の広島
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こんな デルタの街でした

けれど ピカが

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こんな 何もない デルタにしてしまいました。

以前の記事でも 書きましたが 父は 学問をするため他県にいたので ピカがおちたことを 知りませんでした。

「なにやら 大きな爆弾が 広島におちたらしい」ということは 分かっていたのですが 情報が全く入らず かなり 気をもんでいたようです。

原爆のことは 語らない父でしたが 父の死後 当時の日記が出てきて 色々なことが分かりました。

日記によると

広島が大変なことになっていると 分かって 学校から許可が下りて 帰広できたのは 19日でした。

駅におりて 広島の地に立った父の 前には ふるさとはありませんでした。
あったのは どこまでも続く 焼け跡でした
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これをみて 父は 涙もでなかったそうです。


話は変わりますが 当時祖父は 当時女学校の 校長をしていました。

そして、被爆後 動けないほどの火傷や怪我をおいながらも 生徒の安否を気遣い 学校に行き 待機したり あちこちを かけまわりました。

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そうしているうちに 負傷もだんだんと 悪化していき  動くこともできなくなり 親戚のS叔父のところに 身を寄せて 死を待っていました。

この時父は 焼け跡で 途方にくれ、江田島の親戚に 行っていました。
・・・すれ違いでした。
そして、そこで 祖父が S叔父のところでなんとか 生きていたと聞き やっと 会えることに希望を持って 会いにいきました。

祖父は 父が広島に帰っていることを 知って
「あれをくれ これをくれ」 というようになって
「どうしても 明日までは 生きる」と 父のことを 待っていました。
けれども 2人の思いはかなわず 父が行くまでに 間に合いませんでした。

父は日記で 「不孝の子 淳」 と 自分を責めています。
そして、この話を聞いた時、父の姉のお骨を見たとき・・・は さすがに涙を抑えることができず しゃくりあげて泣いたとも 書いていました。

ここから 父の苦渋の日々が 始まりました。
この家も 家業があり その建て直しを しなくてはなりませんでした。

その年の冬は 学業返上です。
家のあったところで 1日中 焚き火をたいて とにかく 待ったそうです。昼も夜も・・・
何もなくなったわけですから 1からすることといったら それしか 思い浮かばなかったそうです。

そこで 再会できたのが Mのおじさんでした。
祖父も お世話になった人でした。一筋の 細い光が差し込んだ 感じだったと思います。

その Mのおじさんや S叔父 Tさんなどに助けられ 家業も少しずつ 立ち直っていきました。
大学だけは 最後まで行くようにというのが 祖父の 願いだったので 父も学問に励みました。

   ・・・が
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ふるさとが こんなことになったこと 家族を1度に亡くしたこと 家のこと いろんなことが父の中で 激変していき それを受けいれることすらできないくらい 絶望感に苛まれていたようです

一生懸命勉強することで それを打ち消そうとしていたのでしょうか。
努力が実って 外国留学の話が 持ち上がりました。
それは 父はどんなにか 喜んだことでしょう。

嬉しくて Mのおじさんに 報告しました。
おじさんは 
「ああ、ええ話じゃ。わしも嬉しい。あんたはようやった思う。死んだお父さんも さぞ喜んどりなさるじゃろう。じゃがのう、よう考えてみんさい。
外国留学は 他のかしこい人がなんぼでも 行きゃあええ。じゃが、この家を守っていくもんはあんたしかおらんのじゃないかのう」

父は 返す言葉がなかったそうです。
父は 留学の話を 断りました。
そして、大学も卒業し 帰って 家業の仕事をしました。
このときも まだ 留学の夢を 諦めきれて いませんでした。

やがて 父は母に出会い 恋が芽生え・・・結婚しました。
そして、私が生まれ 長弟 次弟 妹が生まれ 留学の夢は いつしかどこかにいってしまいました。
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代わりに 家業に関わる人 地域の人、色んな人に 父は育てられていき それに代えられない何か大きなものを いただきました。
・・・「土徳」です。 

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原爆が落とされていなかったら 祖父を始め家族も 死ぬこともありませんでした。そして、多くの人たちも・・・
父も 留学の夢がかなっていたことでしょう。
間違いなく 遠い外国に行っていました。

けれども、母との恋はなかったと思います。たとえ あったとしても 時期が ずれていたと思います。
だから、この 私、弟や妹も 生まれていませんでした。

私達兄弟は 20万以上の犠牲者の方々のいのちの 上にあったんです。
多くのいのちと 引きかえに こんな ちっぽけな いのちをいただいて 今を生きています。

だから、その重みを感じて 1日1日を 大切に大切に しっかり 生きていかなくては いけない

それが 私達兄弟に 与えられた おおきなしごと

・・・そう思いながら 私は 今日も 黙祷を しました。

そして、明日は 父の 祥月命日    です。

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☆どとくちゃんさん 写真を お借りしました。ごめんなさい。
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by chirumegu | 2007-08-06 22:58 | Comments(27)
Commented by babamaru at 2007-08-07 09:01
chirumeguさん。おはようございます。まずは、何度も消されながらも時間をかけて書いてくださってありがとう。
こういうことはそのことを知っている人しかかけないし、伝えられないことだから、受け止める私たちも大切に受け止めたいと思います。
昨日、ニュースであるお年寄りの女性がコメントを求められて、こんなことをいっていました。
「ただ、ただ、守ってあげられなくてごめん。」
chirumeguさんのお父様もそんな気持ちがとてもつよくて、そして、つらくて、かなしくて、言葉にしてつたえることが出来ずにおられたのだと思います。でも、日記という形で残されていたということは、やはり、chirumeguさんたちに自分の命をつないだように、あの日の悲しみも次の世代へとつなげてほししと思っていたに違いありません。勝手な想像でおはなししてしまいましたが、この場を借りて、戦争でなくなられたすべての方の御冥福をお祈りするとともに、戦争のようなくだらないものがなくなる日を節に願っています。(合掌)
Commented by npura at 2007-08-07 10:22 x
そうですね、その重みを大事にして与えられたその命を一日一日を大切に生きていくのが私たちの使命でもあり
原爆・戦争の悲惨さを次の世代にしっかりと伝える事が使命だと思います
よく話していただきました^^
市内は昨日の騒然さがなくなりいつもどおりの様子です
今日はお父様の祥月命日ですか、合掌!
Commented by next-kazemachi at 2007-08-07 11:44
こんにちは。
いつも読み逃げばかりしておりますm(_ _)m
「土徳」という言葉に惹かれて、検索しましたところ、そういう映画があることを知りました。

http://www.edagawakoichi.com/ART/ar-eigahyo_dotoku.html

この記事とともに、多くの人の目に触れ、戦争を知らない世代が、さらに知らない世代に語り継ぎ、国境を越え、戦いを起こす国に届き、戦いを続けたいという為政者に聞こえ、戦いの場に広がり、誰もが人殺しをやめよう、人殺しの道具は捨てようという、小さな小さな波紋の最初の輪になることを、そんな輪がそこかしにできることを願って、コメントさせていただきました。

お父様をはじめ、原爆で、戦争で亡くなられたすべてのかたに合掌いたします。
Commented by artist_japan at 2007-08-07 12:03
chiruさん ほんとうにこの出来事を無駄にしてはいけないんだ!!
私は昨日からいろいろ 動画などで 当時の様子を見て 
犠牲になられた方たちは なにが起こったかなんて わからなかったに違いない・・・・わけも分からず、これからどうなっていくのかも見えずただ耐え忍んでいた人たちの気持を考えると言葉がありません。
ほんとに1瞬ですべてがかわり その悲劇は何十年も人々を苦しめている・・・・この原爆投下に関して 海外からは色々なコメントがあり、その中で日本が戦争を始めてアメリカが終らせたんだから と正当化しているコメントもあり・・・・・ 私達は誰のせいだとか、誰が被害者なんだとかこの原爆の日に伝えたいのはそんなことではなく・・・同じ過ちを二度と繰り返してはいけない・・・・現在まだ何も罪のない人や子供達が 戦争に苦しんでいる この広島長崎の悲劇を通して 平和を訴えているだけなのに・・・・
☆ momo
Commented by kobutanopukuko at 2007-08-07 12:36 x
初めて、このような個人の方のブログに出遇わさせて、いただきました。
ありがとうございます。
Commented by chirumegu at 2007-08-07 13:19
babamaruさん
読んでくださって ありがとう。
>守ってあげられなくて・・・・ 今 泣いています。
原爆の日を いろんな人が いろんな思いをもって 過ごされたことでしょう。
けれど、気持ちは 1つですね。
戦争は 苦しみや 悲しみを生むだけです。
babamaruさんの 気持ちがとても 嬉しかったです。
Commented by chirumegu at 2007-08-07 13:35
npuraさん
この時間帯だと、どこか他所で 見てくださってるんですか?
会社?
いずれにしても 読んでくださって ありがとうございます。
これを載せるのを かなりためらいました。
けれど >よく話していただきました
npuraさんにそう言われて やっぱり 「よかった」と思っています。
さっき 平和公園の様子を ニュースでやっていました。
ぽつぽつと 訪れていますね。・・・観光客  
Commented by chirumegu at 2007-08-07 13:58
momoちゃん
ありがとう。真剣に 考えてくれたんだね。
ももちゃんの気持ちが嬉しくてまた・・・涙 
私も 昨日1日 色々 考えていました。
原爆だけでなく 戦争で 苦しみぬいた方たちの ことを考えると
何もできない 私に 地団駄を ふんでしまいます。
Commented by chirumegu at 2007-08-07 13:59
ぷくこさん
来てくださってありがとう 
また、おじゃましますね。
元気・・・出そうね。
Commented by chirumegu at 2007-08-07 14:20
next-kazemachiさん
コメントありがとうございます。
kisaragi さんや npuraさんのところで よくおみかけしますね。

「土徳」とは 文字通り その土地の徳 色々な人やものによって 育てられる徳 と私は 受けとめさせてもらっています。
父もそんなお育てで 生かされていました。

kazemachiさんのように 平和を 真剣に考える方が 1人でも多く増えることを 願っています。

後ほど 伺わせていただきます。
Commented by ヤッターマン8 at 2007-08-07 14:21 x
> 私達兄弟は 20万以上の犠牲者の方々のいのちの 上にあったんです。

ただ、この一行に、僕まで 生きるチカラをいただきました。
有難うございます。
Commented by hokkori-hime at 2007-08-07 14:50
chirumeguさん、こんにちは。
読ませてもらって、よかった・・・
語り継ぐ事、大事ですね、chirumeguさんと知り合えてよかった、こうして考え、思いをめぐらせる事ができました。
ありがとう。
お育て・・・いい言葉です。
Commented by はないちご at 2007-08-07 17:51 x
この記事を読ませていただいてありがとうございました。
戦争を知らない世代でも とても考えさせられました。。
原爆投下の候補地に 北海道の小樽とあったと言う話も聞いた事があります。
chirumeguさんの思いはしっかり伝わりましたよ。
cirumeguさんの黙祷にも大きな思いがあった事も・・・。。
Commented by takisann2000 at 2007-08-07 22:45
こんばんわ。
今日の日中に読ませてもらいました、汗と涙でグチャグチャ。
感動しました。
私の言いたいことを皆さんがコメントして下さっていますので省略します。


すぐにコメントしようと思いましたが、雑用で遅くなりました。

再び記事を消されない為のコツです。
小まめに非公開コメントとして送信しておく事です、後で編集して手直しすれば、せっかく書いた記事も消される心配ありません。
お試しあれ。
Commented by kisaragi87 at 2007-08-07 22:57
chirumeguさん、出遅れてごめんなさい。
昨日私がみたときは、まだぴっかぴかの記事だったのよぉ(泣)
実は私も昨日書いた記事、自分のミスで消してしまいました、
原爆の映画と子ども達のことでした。
ちゃんと書きなおしたchirumeguさんは、やっぱりすごい、
そしてお父さまの話し、ほんとうに身にしみて感動しました。
原爆で狂わされたお父さまの夢だったかもしれないけれど
また、海外に留学しておられたら、
chirumeguさんはいなかったかもしれませんね
こうしてchirumeguさんに会えたこと、そして貴重なお話がきけたことに感謝です。
そうですね、けしてもう世界のどこであっても
二度とこのような過ちを繰り返させてはいけないのです。
Commented by chirumegu at 2007-08-08 00:17
ヤッターマンさん
こんばんは (*^^)v
ヤッターマンさんこそ 私と同じ気持ちでおられるのじゃないでしょうか
目に見えない つながりがあるから・・・

この記事を書くことを 相当悩みました。
でも、腹をくくって 書きました。
弟、妹そしてヤッターマンさんの ことも思い浮かべながら・・・。
書いた後でも 後悔に苛まれて・・・
でも、もうすっきりしていますので 安心?してください。
ありがとうございました。
Commented by chirumegu at 2007-08-08 00:22
ほっこりさん
こんばんは。色んな死があって 色んな生があって そんな中で私達はつながりをもって 生き抜いています。
ほっこりさんと つながりが持てて 嬉しいです。

聞けば 考えさせられることばかりですね。
Commented by chirumegu at 2007-08-08 00:26
はないちごさん
こんばんは。
読んでくださって ありがとう。
>候補地に 小樽・・・
そんなことを 聞くと おそろしくなってきます。
アメリカは 何を考えていたのでしょう。
私達は 人間に見えていなかったんでしょうか???
Commented by chirumegu at 2007-08-08 00:29
ちいちゃんさん
こんばんは。何度も来てくださり、そして 忙しいのに コメントまで入れてくださって すみません。

記事を書くコツ・・・やっぱりですか。
やってみようと思うのですが なんかこわくて・・・
おばかで 超アナログな 人間なもんで・・(^^ゞ
ご指導ありがとうございました。<m(__)m> 今度から やってみます。

kisaragi さんもねっ!!
Commented by chirumegu at 2007-08-08 00:35
kisaragi さん
こんばんは。
父が 留学しなかったお蔭で kisaragi さんにも 会うことができましたね。記事を書きながら 私もそう 思っていましたよ。

kisaragi さんの 原爆の記事 見たかったなぁ。
私も、自分でもよくやります。
でも、今度から大丈夫!!
 ↑  ↑  ↑  で やってみようね。 (*^^)v
記事を書くのが 楽しみになりました。
Commented by kisaragi87 at 2007-08-08 06:05
chirumeguさん、おはよう!
書いたよ、書いたよ、chirumeguさんのおかげで書けました!
日付は戻してあるけど、書けてよかった。
いつもありがとう^^
Commented by やんくみ at 2007-08-08 06:25 x
なくなった20万人の人々を取り巻く、chirumeguさんのお父さまのようなお話が、広島には何百万人分もあるのですね。その数え切れない人々の巨大な苦しみのことを、私はこれまで深く考えたことがなかったように思います。
お父様はいったいどんなお気持ちで、猛勉強されたのでしょう。先日のchirumeguさんの日記にあった「残された人の気持ち」、まさにそれを振り払おうとして、勉強にエネルギーを注がれたされていたのかも、と思うと、本当に心痛いです。

戦争体験のある祖母から聞かされてはきましたが、私自身も戦争を知らず、その世代が子どもを産み、また次の世代が生まれてきます。私も子どもと、もっと戦争の話、原爆の話、そして、残された人々の苦しみについて話そうと思います。
Commented by chirumegu at 2007-08-08 07:08
kisaragi さん
おはよう!!
よかったよかった (^O^)/
もし、kisaragi さんが 書いてなかったら また、コメでも入れようと
思っていたところです。
また、見に行くからねぇ (*^^)v
ありがとう。
また、無理したんじゃないじゃろうねぇ??
だめよ、、、ほんまに
がんばりすぎるんじゃけぇ・・・
Commented by chirumegu at 2007-08-08 10:11
やんくみさん
父の気持ちまで分かってくださり ありがとう。

やんくみさんの コメで いつも ほっとして元気づけられます。
お疲れのところ 来てくれてほんとにありがとね。

今度はまた、「西のお方のところ」に 行く番だね。
気をつけて行ってらっしゃい。
Commented by fumiyoo at 2007-08-11 23:52 x
初めてお便りします。シェイロンさんとこからきました。昨日、今日と2夜連続で「はだしのゲン」みました。原爆を落とされた広島の人たちがその後の運命を翻弄されながらも生き抜いてゆく様は涙なくしては見れないですね。戦争はたくさんの人の運命をかえました。原爆を落とす理由は何もない。「戦争はしてはいけんの!」ですよね。被爆国の我々が意識しなくてどうすんのよ!と思います。
Commented by chirumegu at 2007-08-12 07:41
fumiyooさん
kisaragi さんとこで よくお見かけしますね。
よく 来てくださいました。
「はだしのゲン」 は 昨日 最後の方ちょっとだけ 観ました。
私も、心のそこから 「戦争は したらいけんの!」 と いいたいです。
原爆のことを 真剣に考えてくださって ありがとうございました。
Commented by 按摩さん at 2007-12-27 12:25 x
ほ~い


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