散る桜もまたさくら

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カテゴリ:生きとるね( 39 )


2016年 03月 04日

がんこちゃん

2月の第二日曜日14日。

巷ではバレンタインデーとか言いよる日。

が、わしら世羅邦楽会は、竹原まで行って「けんみん文化祭尾三地区予選」

に参加してきた。

で、次の週21日の日曜日は広島邦楽連盟の「弾き初め会」に参加してきた。

それらに向けての自主練習や合同の合奏やらで、お琴三昧の日々じゃった。

「えっと練習しても全然上手になれんやんけ(;_)

「わしゃ、何年やっとんじゃっ(ノ`A´)ノ ⌒」

挙句の果てにゃ

「しかも、しごとやらあって、練習中々できんやんけ!!(ノ`A´)ノ ⌒┫」

と、ぶつぶつ文句やら愚痴やらいいながら…

しょうかたなしに傲慢にやっとった。

が、しかし、

「けんみん文化祭」の前日、友達のがんこちゃんから一通のメールが届いた。

このメールがわしの気持ちを一変させた。

てか、生きていくことに対しての支えとなった。

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がんこちゃんとは、高校大学と一緒じゃったお人で、このお方のおかげで、

楽しい学校生活が送れたと言うても過言ではないくらいのお方である。

あのごろは楽しかったのぅ(゜▽゜人)ポワァ~~

のぉや、がんこちゃん!!

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結婚後、御主人の仕事の転勤やらで岡山、金沢、千葉と、あちこちし

現在は千葉の船橋でご主人と二人の息子ちゃんの4人で暮らしている。

長男ちゃんの出産の時は、すっと楽に産めたらしいのだが、

次男ちゃんの時は、かなりの難産で苦しんだ果てに、

母子ともに生命が危ぶまれやむなく帝王切開で出産した。

それが元で、次男ちゃんには少しの障害が残ったが、

でもすかす、すくすくと成長してくれた・・・


と、簡単げにわしは書くが、がんこちゃんにとっては並大抵の子育てではなかったようだ。

山あり谷ありの人生を送ってきたがんこちゃんであるが、

結婚して30数年、二人の息子ちゃんも、どうにか一人前の男になり、就職もして仕事に励んでおる。

やっと肩の荷がおり、これからという時に・・・

へぇなのに・・・

5年前に癌が見つかり手術をし、以来、月に一度の治療で病院通いをしている。

わしも、これまでに2度死ぬ目に合うとるし、がんこちゃんもそげな状態じゃし、

この先いつどげなことになるかも分からんちんの二人じゃ。

じゃけ、

どがいしてでも会いとうなって、昨年2月、

はるばる東京まで行って再会を果たすことができた。


実に33年ぶりであった。


思うたより元気そうであった。

初めて歌舞伎座に行って、短いぶにも観れたし、そこの地下の土産物売り場にも行って、

おもろいもんもいっぱい見れたし

旨い寿司もよばれたり

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横浜のちぅか街にも連れて行ってもろうた。

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のぅや、信を喜ぶ坊守ちゃん^^v

いっぱい思い出を作ることができた。

で、

「あれから早いもんで1年経つね」と、言うメールだったのである。

へぇで、その後

「あと、18ヶ月で、主人も定年になるので広島に帰ろうと思います。」

と、いう報告の文字が続いた。

げっ!!=( =`д´= ;)

あまりにも突然の吉報にわしの心はこのように変化していった。

が、がんこちゃん、

( =`д´= ;)

か、帰って来るん?

( =`д´= ;)

ちょっ!!=( =`д´= ;)

待っちくりっ!!=( =`д´= ;)

心の準備がっ!!=( =`д´= ;)

てか、息子ちゃんらぁは、どぅすんじゃぃっ!!

( =`д´= ;)

( =`д´= ;)

( =`д´= ;)

( =`д´= ;)

あ、いや、ここは、喜びじゃろがっ

( =`д´= ;)⇒ これじゃのぅて

(^^)ノヽ(^^)ノヽ(^^)ノヽ(^^)ノ←これじゃろがっ!!

とにもかくにも、みんなして喜んだ。

(「みんなして」ということは、詳しいことを説明しておったら更に長ぅなるので

4人グループの番外にわしはおった。「みんな」とはその4人グループのことである。^m^)

で、色々聞きたいことがあり、メールのやりとりがしばらく続き、最後のがんこちゃんのメールにゃ、


やられた(-公-、)

ぼれぇやられた(-公-、)

じゃけ、がんこちゃんにも了解を得てここにも載せてみる。


・・・・・前略

まだまだ神様が私に死んだらいけんよ!って次々修行させてくれよってんよね^^

感謝感謝

でも、二人ともに死にかけてから28年なんとかやれたのは神様のおかげ<m(__)m>

先日外科の待合室でふと隣を見たら若い女性が私みたいにニット帽から短い毛が見えて、

抗がん剤か~と思ってふと手元見たら母子手帳の副読本読みよって、思わず涙が;;

化学療法室でまた一緒になり、ナースが来て「ミルク今何cc飲んでる?」って。

ほんわかしてる子だったけど遠くを見る目にすごい目力があった!

私があの子の立場だったら乗り越えられただろうか、母親だったらどんなにつらいだろうかと・・・

行きのタクシーの運転手に「もっと楽しい場所に行くんならいいんですけど」

などとたわけた事をぬかした自分が恥ずかしく、頬っぺたをぴしゃっと殴られた気持ちになりました。

帰りのバスから片足で一生懸命餌を探してる鳥を見てまた涙が。。;;

みんなただひたむきに生きてるんよね!

私の子育てなんて彼女の命がけの子育てに比べたら足元にもおよびません。

・・・・後略


このメール読んで、わしも恥ずかしぅなって、頬っぺたどころか、頭をハンマーで殴られたような気持になった。

わしも涙が止まらんようになった。

「がんこちゃん・・・ご、ごめん」と、口からこぼれた。

「明日の『けんみん文化祭』にゃ、がんこちゃんとニット帽のお母さんと片足の鳥のことを思いながら弾くけ」

と、メールを返した。


そして、次の日のけんみん文化祭、その次の週の弾き初め会にゃ、

自分に納得のいく弾きができたことは言うまでもない。

がんこちゃん、ありがちょの^^v

おかげで、落ち着いて弾くことができたで。

しかも「けんみん・・・」で、最優秀賞いただくことができたゎ


ヽ(^。^)ノヽ(^。^)ノヽ(^。^)ノ


こっちへ帰ってY崎のみっちゃんやらSもっちゃんやらT中と遊ぶ時、

わしもぜっぴ忘れず呼んでつかいのvvぜっぴ!!


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長文更新ですんませんでした<(_ _)>

ここまで読んでくださり、ありがとうございました<(_ _)>
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by chirumegu | 2016-03-04 13:57 | 生きとるね | Comments(6)
2013年 10月 30日

ハチ騒動

最近では
便所にいっても
殆ど聞こえんよぅなってきたのぅ。
「ぶんぶん」の音が。
今朝は小まい「ぶんぶん」の音が聞こえよったが。。

こないだまでは、その音が猛威をふるうて
「ぶんぶん」を聞いとるだけで痛いぐらいじゃった。

それは、暑ぅなる前ごろから始まっとった。
便所の天井裏から
ぶんぶん…ぶんぶん…ぶんぶん…
の音が聞こえだした。

目に見えないので、「恐らく」としか言えんのだが、
その中で、
スズメバチくんのやつが巣を作っとった。
暑ぅなる前ごろのその音は
「ぷぅ~~~ん」ぐらいにかわいげなじゃったが、
秋口になると
いよいよ激しい音を立てて仕事をしよった。。


朝も昼も夜もずぅ~~~っと
便所の屋根裏で
ぶんぶんぶんぶん・・・・(;´д` )アキモセズヨォヤルヨノォヤ


刺されたこたぁないが、その音を聞いとるだけで痛げなじゃ=( =`д´= ;)⇒
冬に向けての準備をしよったんじゃろぅのぅ。。
ハチも必死じゃ。

その音が始まったごろ
「蜂が、うようよ飛びよるで、
ありゃぁ
刺されたら痛ぁでぇ
今年ゃ かいやんもおるし、
なんとかせにゃならんでぇ=( =`д´= ;)⇒」
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と、でぶにも脅しをかけとったのに、シンから聞いてなかったらしぅて
そのまま放置されとった。

で、
何でか知らんが、8月も終わりごろになって、
思い出したように

「ちょ、ジュンテンドーに行ってくらぁ」
「何買うんや」
「分からんが、何かあるじゃろぅて」
「何が・・・?」
「蜂よ、蜂!!」
相変わらずてきとーなでぶじゃ
何のことを言うとるんかさっぱし分からんちん・・・(;一_一)
蜂がどした言うんなら(;一_一)チッ
・・・
どうやら、蜂の巣退治に動こうと思いだしたらすぃ(;一_一)
で、ジュンテンドーに行きゃぁ、
それに使える何かがあるじゃろぅて・・・
と、でぶはフンだと言うわけである。

「ちるも行くか」
すぐ、わしを盾にしたがるでぶ。
しかも、わしに退治してほしいんなら、正直に頭下げぇやのぉ( ̄-  ̄ )
と、どや顔で言うわしも嬉しげについては行ったんじゃが・・・(;´д` )


ジュンテンドーに行ったら、
あった、あった、
しかも、入口に(゜▽゜人)
スプレーやらネットやらハチを落とすもんやらやらやら・・・
よぉけのグッズ!!

みんなも蜂に困っとったんじゃろぅて。。

で、そん中からでぶが選んだのは、
蜂専用のスプレーと、顔を保護するネット2枚。
でぶは、一応自分用にと2枚買うとった。
で、


スプレーじゃが・・・


「梯子かけてわしに噴射させよう思うとんじゃろが!!(;一_一)チッ」

と、触覚をつついてみたら

「ばか言え!10m飛ぶんでぇ!10mっ!!
梯子なんかいるもんか!わしがするゎぃっ(ノ`A´)ノ 」

と、急に一部標準語になり、
思いっきりどや顔で言いきったでぶ( ̄・・ ̄)「モンカ!!」

スプレー缶にゃ一応「噴射10m」と、大きな字で
書いてあるにゃあったが…。
ほんまに、飛ぶんきゃぁのぅ(;一_一)ウソナゲナ

で、それを買うて家に帰って・・・いざっ!!(ノ`A´)ノ


と、蜂に立ち向こうとるんかと思うたら・・・でぶのやつ(;一_一)

口あけて、 顔をぐしゃぐしゃにして
よぉけのハチが軒下から出入りしよるのを見よるだけじゃった(-公-、)

あんたっ、何しよんのっ・・・?!
んもぉっ!
わしがやるゎっ( ̄-  ̄ )イライラスルッ

いらっと
わくわくっと
むずむずっと

など有象無象の感情が交差しながら
第一声じゃのぅて
第一噴射は烏滸がましくもわしがこうて出た。

便所の軒下のハチの出入り口に向けて

ぷしゅぅぅっ=3=3=3
ぷしゅぅぅっ=3=3=3

何べんもかけた。

ハチは大騒ぎで出たり入ったりを繰り返しとった=( =`д´= ;)⇒
でも、ちりぢりばらばらに飛ぶだけで、
一向に襲うてはこなんだ。

それを遠巻きに見とったでぶが
どかどかやってきて、
「貸してみぃっ!ちるがやったら、頼りないゎ( ̄-  ̄ )」
と、超どや顔でスプレーをわしからむしり取り、
今度は自分でかけ始めた。

いっつもこうである。

何か未知の事をせにゃならん時は、
まず、人にやらしてみて
「うん大丈夫じゃ」と、みてとったら即座に・・・

即座にだ・・・

まるで自分が初めからやっとったような顔をして
それを取り上げ、自分でよぅようやってみるでぶなのである。


で、わし→K→でぶ
の順にスプレーをかけたら
しばらくすると
ハチがよたよたしながら
重げに何かを下げて
から出てきた。


「重げな何か」とは


ハチの子どもらぁじゃった。

「ここではもう住まれまぁて」
と危機を感じたんじゃろぅて、
それぞれが、一匹ずつが、、、
子どもらを運びだした。

が、
自分の身体よりも大きな幼虫を運びながら飛ぶというのは
ハチにとって至難の業じゃろぅ。

途中で、力尽きて下に落ちて、
再び運ぼうとするのじゃが、
「もう持てん(;´д` )」
と、子どもをそこへ置いといて
またよたよたしながらいずこへか飛んで行った。

じゃけ、
幼虫がよぉけ落ちとったゎ(-公-、)カ、カワィソウニ
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それが、8月の終わりで
わしゃ、9月になったら
すぐにS子のところに行くことになっておったので
気にはなっておったが
ハチのことを尻目に
大阪に向こうた。

で、
大阪に着いて2日目じゃったろうと思うが・・・

Kから
「あれからおやじがまたスプレーしよってから、ハチに刺されたゎ。
額の上らへんを刺されたけ、
顔が倍以上に腫れ上がってからにしんでぇんじゃろぅて、今、寝とるゎ。
ほんま、ぼれぇ腫れとるんでぇ~=( =`д´= ;)⇒
ほぃじゃのに、時々起きて来てからに、
わしに『Kぇ、ちょ、たばこ買うて来てくれ』言うんで!!
『いけん!』言うたら『わしゃぁ、顔が腫れとるんでぇっ!
行けまぁがっ!!
おまえが買いに行くしきゃなかろぅがっ!!(ノ`A´)ノ ⌒┫』
とか言うて、怒鳴り散らすんでぇ!」
と、わしにチクリの電話が入った。

話は逸れて、申し訳なくどぉでもえぇことなんじゃが、
でぶの理屈は、すげぇゎ!!
あほくそに説得力あるし!!
関心を通り越して敬服するゎ!!(;一_一)

「病院は連れていったんか?」と、問うと、
「『行かんでもええ』と言い張るんよね」
Kがそう言うとったら、電話の声がでぶに代わった。
「もしもし、ちる。」
腹に力の入らん声じゃった。
「あんた、なぁにをしよったんならっ(ノ`A´)ノ ⌒┫ 
ちゃんと買うたあのネットをかぶってやったんか?」
「いや、ちょっとやろぅか思うて簡単服でやりよった」
「しんでぇんじゃろが、あんたっ!これで2回目じゃろぅが!
知らんでぇっ!2回目はひでぇ言ぉうがっ!うらべさんに行きんさいや!」

怒り交じりでわしが言うと、
それにはしかとして
話題を他の事に移すでぶ。

「はぁい、先生、おしっこ行きたいでぇ~す( ̄▽ ̄)」
みたげに・・・。


意味不明すみません<(_ _)>
ギチョウさんは、分かってくれるじゃろぅて。^m^イシシッ

(注:「うらべさん」とは、世羅町内の病院です)

あれやこれやを言うて、電話を切ると
喋っとった間に
S子がネットでハチに刺された時の症状やら処置やら
色々調べてくれとった。

その中に「2回目刺されたら死に至ることもある」と、言うのがあり、
恐ろしぅなって、

「あんた!!
ぜっぴ、引きずってでもえぇけ、脅して病院に連れて行きんさいよ」
と、またKに電話した。

ほぃたら、でぶも観念して
Kの言うことを聞いて病院に行って点滴をしてもらい、
見事に生還したげな。。。

いや、違う・・・治ったげな。

2日後にゃ、腫れは幾分引いて、
が、当分全部は引かずに、
小沢さんみたげになっとったげな。
わしが、帰甲した時には完治し、
残念なことに、すっかり元のでぶに戻っとったゎ(-公-、)
見たかったゎ!でぶの小沢さん・・・(-公-、)ザンネンジャ!


聞けば、ちる家に来られるお客さんも、数人おられた。

「わしゃ、ハチに刺されて、今回は2回目じゃけ、
ぼれぇ腫れたでぇっ!!=( =`д´= ;)⇒
しんでぇとも、しんでぇともっ!!死ぬか思うたゎ!」
と、仰る方々が。。

今年はハチの当たり年じゃったんかの。
皆々様も、くそハチのやつにゃ、どうぞ、お気をつけください<(_ _)>

てか、もう、遅いっちゅぅか、終わったっちゅぅか南中華(^^ゞ

すかす、
スプレーをかけられ、
必死に子供らぁを運び出す
よたよたと飛ぶハチの姿が忘れられんわしです。
生きとるんじゃのぅ、、
でぶを刺したくそハチでも。。

小沢さんになった
でぶのことを笑いものにするわしなんかとは違うて。。
一生懸命生きちょる(-公-、)
ちょっちむかつくが・・・・
けなげなじゃ。。


相変わらず、どたばたやっちょる、ちる家じゃです(;一_一)

超長記事になってしもうて、すみませんでした<(_ _)>
おひさ更新なのでこらえてつかい<(_ _)>
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by chirumegu | 2013-10-30 20:17 | 生きとるね | Comments(12)
2013年 02月 12日

生力うぷ

人は何かひとつくらい誇れるものを持っている
何でもいい。
それを見つけなさい。
勉強が駄目だったら運動がある。
両方駄目だったら
君には優しさがある。
夢をもて。
やれば出来る。
こんな言葉に騙されるな。
何もなくていいんだ。
人は生まれて生きて死ぬ。
これだけでたいしたもんだ!
     

ビートたけし名言集より


こげに言われたら
わしみたげなもんでも
生きていける力が出るよぅな気がするのぅ。
力抜いて
驕ることなく
生きてゆける気がするゎ。

こげに深ぅて温かい言葉を
さらっと言えるたけしさんは凄いのぅ


(゜▽゜人)ヤハリアコガレルゎ



すみません
追記です^m^

もうね、
昨日から笑いが止まらんのんよ

_( ̄▼ ̄)ノ彡☆ばんばん!

たけしさんの名言集にこげなんもありました。

川柳なんか短歌なんかよぅ分かりませんが…
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by chirumegu | 2013-02-12 11:32 | 生きとるね | Comments(4)
2013年 01月 12日

稀縁

今年になってから、元旦の朝・・・
次男のNが帰ってくるというので
駅まで迎えに行こうといそいそしとったら
一本の電話が入った。
「誰ならっ!元旦早々にぃ・・・(;一_一)」
と、出てみたら


なんと、
いっつも地域でお世話になっちょる
先輩のれいこさんではあ~りまへんかっ=( =`д´= ;)⇒

あ、す、すつれいしますた<(_ _)>
れいこさん<(_ _)>
平に平にぃ~~~
と、諂いお許しを乞うた。

れいこさんにはわし。
ご主人のひとしさんにはでぶ。
わしらは夫婦でひとかたならぬお世話になっちょるんよね。。

で、
なんの電話かと思えば
去年はよしねぇが後生の一大事を全うし、
今年は新年のあいさつをしてはいけんのに
年賀状を出してしもうたと
ご丁寧な断りを言うておられた。
で、それはついでで
本題は、
ずっと気にかけておいでであった
お嬢がついに今年めでたくも
婚礼の儀を執り行われるのだが、
そのお嬢の相手のお方の知人が・・・

なんと

あ~た

わしが いつもお世話になっちょる風呂友のご主人じゃったと


がびぃ~~~ん
=( =`д´= ;)⇒

関係ないけんどこの「がびぃ~~ん」・・・
ぼれぇ久しぶりに使う気がするんじゃけんど・・・
ほっまにどぉでもえぇことじゃけんど・・・。
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ひとしさんとれいこさんは
仕事の関係で関東圏にお住まいじゃってからに
ひとしさんの定年退職を機に
郷里の世羅に帰り退職後の人生をご夫婦で、
野菜作りやら実家の農業の手伝いやら地域の活動やらに注いでおられる
世羅にとって貴重な人材じゃ(゜▽゜人)

で、
このご夫婦はわしがブログを始めて間がないごろ
ちょこちょこお見かけするようになった。
で、
親しくなったのは3~4年前ごろじゃったかのぅ。。
で、
ブログの友達とこのご夫婦を見よったら
職場とかお住まいとかが
同じようなじゃけん
なんか知らんけんど
かぶりよったんよね。

ご夫婦には
「れいこさんらぁを見よったら、風呂友を思い出すんですよ。」
かたや風呂友に
「○ちゃん見よったら、れいこさんらぁを思い出すんよね」
と、お二人には言いよったんじゃが、
お二人とも
ふぅ~ん、じゃけどしたんならっ( ̄-  ̄ )
みたげに
鼻にもかけん感があったのぅ( ̄-  ̄ )フンッ
相手にされてなかったわし・・・(-公-、)

なのに
なのによ、あ~たっ!!

年明け早々にれいこさんから電話を貰うたひにゃ、
わしのどや顔が目に浮かぼぅがっ!!
( ̄-  ̄ )ホレミィヤッ
( ̄-  ̄ )ワシノイウタトォリ
( ̄-  ̄ )ジョオゥサマトオヨビッ
みたげに・・・
ほんま、ピノキオよりも鼻が高ぅなっとったゎ。。( ̄-  ̄ )


( ̄个 ̄)コホン

話を元に戻す。。


でも、わしゃ、
何か嬉しぅなってきたゎぃや。

ぼれぇ広いこのブログの世界で
ぼれぇ広いあの関東圏で
世羅が繋いだご縁じゃった。
れいこさんご夫婦のお嬢が
わしと風呂友の仲を更にがっつりと繋いでくれたご縁じゃった。
また再会できたよな気持ちになれた。。
ありがとね、お嬢ちゃん
のぅや、そらちゃん^^v

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が、しかし
喜んでばっかもいられず
哀しいお別れもあった。
これもまた風呂友なのだが
ご尊父が先日旅立って往かれた。
若い頃にご母堂を亡くされ、
その上またわが父を見送るという
哀しみは如何ばかりであろうか。
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じゃが、
お二人は、みごとに彼の岸で出会ぅとるに違いないのだ。

へぇでからに、
わしがまるとれいこさんのお嬢に繋がれたご縁を喜んだように
風呂友のご両親は会えたご縁を喜んでおるに違いない。

へぇでからに、
「今度はふたりで一緒に皿が来るまで待っとけるね、
へぇで二人で皿んとこに会いに行けるね、
何に姿をかえてから行くぅ?」
とか言うたりしてから
相談しよるに違いないのだ。

皿っ!!
元気出しぃよ。

与えられた皿のいのちを精一杯生きぬいて
全うしたあかつきには
今度は、皿が会えるんじゃけんの

いつか
いつかきっと!!^^v
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ほほえみに かがやくいのち
なみだにも くもらぬいのち
たたへまつらむ   
          眞隆
       



な  も  あ  み  だ  ぶぅ  つ
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by chirumegu | 2013-01-12 22:42 | 生きとるね | Comments(8)
2012年 11月 14日

生喪無

廊下を雑巾がけしたりしよったら
木がざらざらした時がある。
ささくれ立っとるいうか・・・
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柱なんかを拭きよったら
雑巾にすぃばりが立つ時もある。
(「すぃばり」=「そばり」とかいうよね^^b)

よぅよぅ見よったら
おんなじ方向にささくれ立っとる。
と、言うことは
廊下に使われとる板は、おんなじ方向に向いとるいうことなんかぁ。。
どっちが根っこ側でどっちがてっぺん側なんじゃろか(?‐?)
ほぃでからに
この板になる前の樹じゃった時には
何の樹じゃったんじゃろか?
こげなお琴らぁは、桐の樹じゃったんじゃが。
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どっち側を向いて生えとったんじゃろか?
どげな山に生えとったんじゃろか??
お日ぃさんはどっち側から出てどっち側に沈んでいきよったんじゃろか?
この樹の周りにはどげな樹が生えとったんじゃろか??

で、どげなお方がその樹を伐ったりして

で、どげなお方が伐ったその材木をの板にして

で、どげなお方がその材木を廊下の姿にかえてくれたんじゃろか。

樹じゃった時の木は死んどるが、
廊下になって生きとるんよのぅ^^

わしも死んでからのちに

姿かたちを

何かに

かえさせてくれたら・・・


のぅ( ̄▽ ̄)シァワセジャゎィヤ


誰かが・・・

と、わけの分からんことにイモづるみたげに思いをめぐらして
いらんエネルギーを使ぅてしまうわし・・・

( ̄▽ ̄)ボーッ

みたげに、
いつの間にか

ぼーっと、してしまうわし。

( ̄▽ ̄)ボーッ


( ̄▽ ̄)ボーッ


( ̄▽ ̄)ボーッ



「それたぁ、早ぅ仕事せぇやっ!!
キック!! ヽ( .∀.)ノ┌┛Σ(ノ ‘Д´)ノゲシッ」


いっつもでぶに叱られる


のろい



わし。。


考えてみりゃ、、
こげなしょーもなぃこと考えたりしよぉるけ
物忘れもひでぇんじゃゎぃやのぅ。。。

考えんでもなんじゃけんど(;´д` )トホホ


それにしても
「しょーもない」言いながら
よぅもブログの記事にするわぃやのぅ、

わし。

フンッ( ̄-  ̄ )カオガミテミタィゎ


す、すみません
しょーもない記事で・・・
<(_ _)>
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by chirumegu | 2012-11-14 15:28 | 生きとるね | Comments(12)
2012年 08月 15日

蓮の華   ふたつ

時期は当に過ぎてしもうたが、
今年もシランの花が咲いた。
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しげちゃんが、
「ちるさん家にゃないん?ほぃじゃぁ、あげるよ」
と、もう何年も前に株分けして持ってきてくれたシラン。

季節には必ず咲いてくれて、わしの大好きな花の一つじゃが
今年も変わらず庭の片隅に咲いてくれた
が、すかす、今年は違った花に見えるゎ。。
きっと、来年もシランの咲くごろには、思い出すんじゃろのぅ、
しげちゃんのことやら、しげちゃんが病とともに暮らした日々のこと。。

で、シランとは違うが、
「おばちゃん、矢車草が咲いたよ」
よしねぇの葬儀も終わりふたなぬかも過ぎたごろ
そげに言うて甥っ子のひろくんが、写メを送ってくれた。

ひろくんとよしねぇが二人で花壇を耕し、いくつか植えた種の中に矢車草があった。
「この花が咲くまで生きれたらいいな」
と、この上なく穏やかな顔で愛おしみながら言うておった。
そして、
花の種を植えるという極々普通の何でもないことが
極上の喜びであるかのように植えておったと。

そして咲いた花がこれ。
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シランのしげちゃんと同じように、来年もその次も、
矢車草が咲いたの見たら、
よしねぇのことやら病の日々を思い出すんじゃろぅのぅ。。


よしねぇが最後の入院をして
最初頃は、まだ意識もしっかりしていたので話も十分できた。
本当に親身になっていつもよくしてくださり、
よしねぇも心から信頼していたHさんというお方がお見舞いに来られて
「病気をしっかり治して、早く元気になって帰ってきてくださいよ」
と、励ましの言葉をかけてくださった。
しかし、よしねぇは
「Hさん、もうそんな誤魔化すことを言わなくていいですよ。私は長くはありません。
でも、また皆さんと会える処があるから私は嬉しいんです。」
よしねぇは、また種を植えた時のあの穏やかな顔で言うておったと。
「あの時の穏やかな顔は忘れられませんよ」
Hさんは、当時を思い出し、そう仰る。

そして、病の治療が終了し緩和ケアが始まり、
姉ちゃんの意識も日に日に薄れていくのと並行して
今度は痒みとの戦いが始まった。
病は、姉ちゃんの肝の臓まで、侵していた。
肝臓をその病に侵されると、
「そらぁ痒いいうもんじゃなぁでぇ」言うぐらい、痒いらしい。
痒みに悶え苦しむらしい。
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わしが、でぶにぃに同行した時、既に痒みが始まったごろで
よしねぇも全身血が出るぐらいかいておった。
薄らいだ意識の底から絞り出すように
痒いよぉ
痒いよぉ
痒いよぉ
たすけて・・・
と、言いながら。。

わしならぜっぴ目をそらして
誤魔化しながら
なんちゃらかんちゃら言いながら
逃げ出しとったじゃろぅて。
でも、よしねぇは
病に真向きに戦うとった。

痒いよぉ
痒いよぉ
たすけて・・・・



でぶはずっと付いて掻いてあげとったのに、
その様子を
「一人で苦しんで、憐れげじゃったのぅ」
と、言いよった。


あんたがそげなこと言うてどぉすんないっ!!(#`-_ゝ-)ピキ
よしねぇは、全然憐れげじゃねぇゎぃっ!!
堂々としとったゎぃっ!!(ノ`A´)ノ ⌒┫

そして、最後は、


最後は
ひろくんとでぶに看取られながら
すぅ~っと音もなく
静かに息を引き取っていった。

よしねぇのその顔は、

ほっこりと
笑みを浮かべ
とても美しかった。

よしねぇのその美しい顔を見てわしは、
居間にかけてある額の歌を思い出した。




ほほえみに
かがやくいのち
なみだにもくもらぬいのち
たたえまつらむ
           真隆







ほうよね、

よしねぇのいのちは、決して憐れげじゃなかったんよね。
病気やら死にも曇ることなく輝いとったんよね
そげなよしねぇやしげちゃんのいのちを
わしも、



讃えまつりたい



そして、
わしも、よしねぇやらしげちゃん
みたげに、
かがやきのあるいのちを生きたいと思うたゎぃや。

・・・・・

・・・・・


できんかもしれんけんど(-公-、)



でも

一人じゃねぇもんの( ̄-  ̄ )

しげちゃんやらよしねぇに逢えるもんの( ̄-  ̄ )

阿弥陀ちゃんがついとんもんの( ̄-  ̄ )



ここの岸では、

シランや矢車草が咲いたけんど、
しげちゃんやよしねぇの行った




かの岸では、


蓮の花がふたつ、咲いとるじゃろぅのぅ。。


              










d0112251_19573856.jpg



追記です

書くの忘れとりますた=( =`д´= ;)⇒

よしねぇのブログです。

既にばればれで、
ご存じの方もあろうかと思いますが、
どうぞ、見てください<(_ _)>

のぉや、樹の花さん^^v
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by chirumegu | 2012-08-15 20:13 | 生きとるね | Comments(12)
2012年 08月 08日

矢車草 ひとつ

世の中は幸と不幸の
ゆきわかれ
あれも死にゆく
これもしにゆく
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これは
大田蜀山人(しょくさんじん)というお方の狂歌じゃげな。
いつじゃったか、紹介しているサイトを見たことがあった。
そのサイトによると・・・

蜀山人が婚礼に招かれての一首。花嫁衣裳の一行が歩いていると、
たまたま向こうから葬式の列がやって来る。
これを見た花嫁団体の一人が蜀山人に歌を所望する。
請われて詠んだ狂歌。
一瞬、何の事か分かりにくい。じっくりと考えると笑える狂歌。
昔、大笑いして読んだ覚えがあるけれど、すっかり出典を忘れてしまった。
歌だけはしっかり記憶に残っている
云々

・・・

紹介していたお方は、
こげにこの歌の可笑しさを称えておられた。
蜀山人が、この歌を詠んだ時、「実はわれも・・・」
と、自分もその中の一人であると
勘定に入れていたかどうかはわしの分かるところのものではないが、
折しも、息子Kの婚礼の際に、似た場面に遭遇した。

「おばちゃん、母ちゃんが、結婚式に出られんようになった」
Kの結婚式に出席できると心待ちにしていたのに、様態が悪化し、
よしねぇは元より自分自身も出席ができるかどうか分からない状態に陥った、、
と甥っ子のひろくんから電話が入ったのが結婚式の6日前。

「母ちゃんも、結婚式にはと楽しみにして何とか頑張ってきたけど、もうあかんゎ。
最悪の場合、俺ももしかしたら行けんようなことになるかもしれん。
けど、母ちゃんの席は、そのままにしておいて。
様子をしっかりビデオに撮って帰って母ちゃんに見せてやりたいけん」
しかし、ひろくんは、落ち着いた声で伝えてくれた。

2年半前に病の宣告を受け、わしの携帯に連絡をしてくれた時の
動揺がまる分かりの声とは全く違うていた。
あの時は、「まさか母ちゃんが・・・」
と、状況が受け入れられない気持ちと、
「母ちゃんがこんな病に侵されて俺はどうしたらええんや」
という不安で一杯の声じゃった。
が、2年半という年月や、
よしねぇと家族の闘病の日々の暮らしがひろくんに
「覚悟」をつけてくれたんじゃろうと、わしは思うた。

その電話の日以来、でぶにぃは姉ちゃんのおる病院まで足しげく通うた。
行けん日もありはしたが、ほとんど毎日のように通うた。
わしも同行する時もあったが、
そのごろには、姉ちゃんは既に片方の目でしか物が見えてなかったが、
精一杯話をしてくれた。
それがよね、

此処だけの話だが(ひそひそ)あのでぶが、
姉ちゃんの手を握り泣きながら話しよった。

姉ちゃんが元気なごろは、ぼれぇ仲が悪い二人じゃったのに、
病魔に侵されつくしてしまった姉ちゃんの手を握るとはっ!!=( =`д´= ;)⇒
わしもびっくりじゃったが、一番びっくりしたのは、
恐らくよしねぇじゃったと推察される。
その光景を見たわしは、
一年前のちょうど今頃の
ばあちゃんと、
スミ子叔母とたかえ叔母の3人のコラボ
を思い出しておった。( ̄▽ ̄)

でぶは、やはりばぁちゃんにくりそつじゃ。
余計に涙鼻汁をそそるゎ(-公-、)(ノДT)アゥゥ
d0112251_17104230.jpg

そげに大切なんじゃったら、何で元気なうちから仲良ぅしとかんかったんやーっ!!
(ノ`A´)ノ ⌒┫
と、地団太を踏んでもしかたがねぇんじゃけどの( ̄-  ̄ )
こまいごろから、二人は、ぼれぇ仲が悪かった。
よしねぇは、「でぶにぃが私のことを寄せ付けん」と言い
でぶにぃは、「姉ちゃんは出来が良かったけ、わしなんか傍にも寄れんかった」
と、言う。
お互い、遠慮しとったんかのぅ。
二人ともばかじゃ( ̄・・ ̄)
でも、よしねぇ、
「病気がひどうなって、入院して、でぶにぃと
初めてこんとにゆっくり話ができて、私ゃぁ、よかった^^」
と、ひろくんやみかちゃんにぼれぇ嬉しげに言うておったと。。
でぶにぃはでぶにぃで、
「姉ちゃんが今まで生きてきて、こげな思いでおったとは、知らんかった」
と、よしねぇの苦労がどれだけのものだったかを知ったでぶ。

ここに来て、お互いの気持ちを確かめ合うことができた姉弟じゃった。
病気のおかげで初めて素直に向き合うことができた二人じゃった。


で、結婚式当日
式を終えて披露宴に突入したが、
でぶは恐らく、心ここにあらずであったと思われる。
頭の中はもう姉ちゃんのことでいっぱいであったと。。
とにかく、「一秒でも長く姉ちゃんの傍ににおりたい」
そげに思うとったに違いない。


案の定ひろくん、披露宴の途中で、帰らざるを得ない状態になってしもうた。
宴が、楽しく感動的に盛り上がる程につれて、
姉ちゃんの様態が寂しげに感じた。
ひろくんや姉のみかちゃんも、気が気でない、
「笑うたり泣いたり心配したり・・ぶち忙しかったぃね」と、
こないだの49日の法事で会うた時、当時の気持ちを語っとった。
関係ない話だが、みかちゃんは、山口県のとある地域に嫁いでいるので、
語尾に「ぃね」が付くのだ。

で、式の翌日、Kとかなちゃん、ちびにぃ一家、
ばぁちゃん、S子一家やらでぶわしも加わり、
皆総出で姉ちゃんの顔を見に行った。
この時は、まだ、意識もありしっかりと話もできた。
よしねぇも、かなちゃんに会えて喜んどった。

その10日後によしねぇはとうとう…。
まさに蜀山人のあの狂歌の通りになった。
が、、

決して笑えん(;一_一)
笑いの代わりに出るのは涙ばかりなりけりじゃ(-公-、)

思えば2年半前に病の宣告を受けて以来
その日だけ

いつやって来るかも分からない
その一点だけを見つめて生きてきたよしねぇのことを
どうして笑えようか。

宣告の日以来よしねぇは、治療の合間に
行ける処には万障繰り合わせ行って顔を出し、
出来るだけ多くの人との関わりを持つようにし、
色々なことを経験しようとしていた。
が、しかし、がむしゃらさもなく、
それらをゆっくりと丁寧に優しく
かみしめながら味わうように
日暮ししているようにも見えた。
去年の直方行もその一つだ。
K山の同窓会へも極力顔を出していた。
京都、奈良、東京、九州新幹線に乗って熊本にも行った。
入院の約2ヶ月前にも、
ひろくんやら若い子らと一緒にわしん家に遊びに来てくれた。
花壇を耕して花の種も植えたりした。
そうこうしているうちに、2年半などあっという間に経ってしもうて、
とうとう来るべき時がきて、最後の入院となった。

つづく
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by chirumegu | 2012-08-08 17:20 | 生きとるね
2012年 05月 26日

入院談 ~番外編

「最終章」じゃことの言うて
これでもう終わりじゃの・・・

と思わせといて、番外編を書いて
フェイントかけてみる( ̄▽ ̄)

てか、
ぶーびー章を書いた後、
しまづた!!
これを書かにゃいけんかったんじゃっ!=( =`д´= ;)⇒
と、わしの計画性の無さにあきれ果て
後悔の渦に溺れ、
しょうかたなしに、「番外編」と題して書いておるしだいで
すみません、わやくそで…(^^ゞ


で、
最後に同室じゃった透析をして苦しげにしよって
食事を喉につまらせ死にそうになったおばぁさんの名前、

やっと思い出した。
82歳のミヤチさんじゃった。

このミヤチさん、
若い頃は産婆さんをしておられ、家が診療所じゃったという。
夜昼なく産気づいた若いお母さんらを診て
何人のやや子を取り上げたか分からんぐらい
忙しぅしとったと。

自らに於いても3人の子を持ち
育てて一人前にしてゆかねばならない。
しにものぐるいで働いた。

それが今では病気になり自分が病院の世話になり
家に帰れば50歳代の娘と二人暮らしで、

「いっつも娘に怒らればぁしよる。」
と、こう仰る。
「自身の娘じゃけね、ひでぇことも言うじゃろぅよ。
じゃが、おばぁさん、家に帰りたかろ?
そうは言うても、本音は待ちよってよね、娘さん。」
と、言うと
「待ちよりゃせんゎ。うちゃぁ、家に帰ってもやっかいもんじゃけ、
ここにおってもやっかいもん、帰ってもやっかいもん。。
ほんま、ええこたぁないよね」
つっぱねられ、
きれいごとは通じんかった(-公-、)

そげに仰る若い頃働き者だったミヤチさんのベッドの頭の上の壁には
ディサービスで撮ったおばぁさんの
誕生日のお祝いの時の満面に笑うた
楽しげな写真が
デカデカと飾られておった。
それとは対照的に違い
ベッドに横たわる病の苦しみに顔を歪めるミヤチさんは、
使い切って捨てられる寸前のぼろきれのように見えた。

ほんま、きれいごとではない。
わしの行く末を見とるようじゃった。
わしもミヤチさんみたげになるに決まっとるんじゃ
ぜっぴ・・・
どぉしよぉっ、
嫌じゃのぅ…=( =`д´= ;)⇒
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よくよく思い起こせば
人生の先輩とも言うべき大好きなしげちゃんが昨年の5月に
病に倒れ入院してからというもの
晩秋の霜月にはS子がすぅを連れ帰り仕事と子守りの日々を送り
そのS子が正月挙句には出産。
いのちの誕生を垣間見ると同時に
大好きなしげちゃんも旅立ち、
次女R子が転職、
次男Nも就職みたげなことが決まり、
産後のS子の世話やすぅの子守りに明け暮れし
今度はわし自身、病に倒れ入院、そして退院。

へぇでからに
わしもてべてべとではあるが仕事に追われ(←意味不明じゃが)
それでも目まぐるしく時は流れ、
息子Kとかなちゃんの結婚。。。
それと並行するように
瀬戸の海を越えたところの愛しいお方が
今まさに死の淵に立たされ
今まさに散ろうとしとる。
更にドラマは続行ちぅ。

人が生まれ、成長して恋をし、仕事を得、結婚、老いを生き、病を得
そして、死・・・
その過程をすべて凝縮した人生の縮図みたげな
この一年間であったよぅな。。

病はわしの経験でもあったが、
人は生まれ、そのいただいたいのちを生き
人生の終結に至るまでの過程を
この境涯は、
幾度となく繰り返してきたであろうか。
廻る廻る。。
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それは、他人事ではない
まさに、このわしの一大事じゃったんやんけ!
老いはまさに今わしの只中にあったんやんけ!
これは分かり切った決まり事であるが、
ともすれば忘れがちになり
てか、
おざなり
てか
わざと…そらし目を向けようとせず
いっちゃん大切なことなのに。


しげちゃんやら、わしん家の子供らやら孫やら
死の淵に立っとるわしの愛しい人やら
入院中のツチハシ翁やらミヤチさんやら
他のおじぃさんおばぁさんに触れさせて貰ぅて


このわが身のいのちが
どこからやってきて
どこに居って
どこに向かって居るのか
一連のお方らが身体ごめぜんぶで
教えてくれたような気がして
で、ちぃとばぁ、安心できた



・・・よぅな




・・・気がする




・・・だけじゃけど




ちゃんちゃんっ♪^m^


老いてやっかいもんになるのが嫌じゃ思いよったが、
しょーがねぇのぅ、
ちっくし老いてやるかぁっ♪
どげに老いてやろぅかのぅ…♪
と、諦めることができた。
暗げに
若さに執着しとったのに・・・
すこぶる明るぅに
老いを受け入れられるようになった
今回の入院で・・・
てか、
1年前からの、
わしに関わってくださったみんなのおかげで、
ありがとう^^

ほうよね、ほうじゃったんよね
「散る桜もまたさくら」じゃったんじゃ。
歯向かわず
力まず
老いのいのちを
歩んで行きゃぁ
ええんじゃゎぃや^^v
散る桜のように。
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じゃけん、
手始めに・・・
もう、、
頭の毛は染めんけんの
今より後は
白髪のわしを生きて行きます。

以前のわしを知っておるお方々で、
今度いつかわしとお会いするお方々・・・

びっくりしんさいよぉ~~っ( ̄-  ̄ )


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これで、入院談は、本当に終わりにします。
如何にいうても
入院談は、
もうええ。
飽きたわぃや( ̄-  ̄ )


長々と、
すみませんでした
そして、
お付き合いくださり
ありがとうございました<(_ _)>
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by chirumegu | 2012-05-26 14:48 | 生きとるね | Comments(18)
2012年 05月 08日

入院談 ~最終章

入院中に出会った多くの方々…
あの方もこの方も
その後どうしよってかのぅ
もう、元気になっておられるじゃろぅのぅ( ̄-  ̄ )←思い出しよる

と、気にしよるが、
中でも最も気になるお方のお一人にツチハシという翁がおる。
ICUにおった10日間で一番目立つ翁じゃった。

前回の記事で、「おじぃさんは、おらぶ」と、書いたが、
この翁もようおらびよった。

「う(ぴー)こが出た!」
から始まり、
「今日は、リハビリの先生来んのんかぃのぅ。」
「リハビリの先生だけじゃ、わしのことを分かってくれるのは。。」
とか
「きれぇな空気が吸いたい きれぇな空気が吸いたい」
ずっとこれの繰り返しの時もあった。
肺を悪くされていたのか、よく痰が出て苦しそうじゃった。
看護師さんに吸引してもらうと
「あぁ楽になった、、、ありがとぅ。げほげほっ」
と、丁寧にお礼を言うておられた。

しかし、えぇ時ばかりではない。
苦しぅて、しんどぅて、夜中に大きな声で看護師さんに
「苦しい、早ぅ痰とってくれ、痰とってくれ、痰とってくれぇ~~っ!」
と、何度もせがみ、困らせることもしばしばじゃった。
そげな時は、
「ツチハシさんっ!他の患者さんは、寝よってんですよっ、
大きな声を出さないでください!!痰を今からとりますから、
静かにしてくださいね!」
看護師さんの中でも最も優しぅて気立てのええまどかちゃんが、
他の患者さんに聞こえぬようにひそひそ声で諭すと
翁は間髪入れず
「うん」
と、まるで小さい子がお母さんの言うことに相づちをうつかのように
急にええ子になる。
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が、時には、
「お~ぃ、きよこ、きよこ、きよこぉ」
と、突然おらぶ。

女の名前かぁ?=( =`д´= ;)⇒

「こっちけぇ~」←「こっち来い」言うことよ^m^

「きよこぉ、
きよこぉ
きよこぉ
早ぅけぇ言うんどぉ
やることがあるんじゃっ!!」

何をやるんじゃろか、じぃさん、ここはICUなのに。。

しばらくこげな連呼が続く。

「きよこ、きよこ、きよこぉ」

きよこがどした言うんならっ、じぃさん!
で、しまいにゃ、

「きよこ」
「きょうこ」
「けいこ」

名前の三段活用かっ(● ´艸`)ププッ
と、思うぐらい変化して、ただの色ぼけかと思うておった。

が、違うとった。。
これは想像なのだが、
おそらく奥さんが病気で、そこに来られない状態か
或いは既に他界しておられているか
いずれにせよ、
寂しぅてずっと会いたがっておったのではなかろうかと。
「きよこ」は妻の名だ、きっと。
きよこが、いつのまにか「けいこ」に変わっていくのが
何かしらかわぃげであった。

で、翁、時には、
てか大抵寝られんことが多いのだが、
おらんで寝られんのか、
寝られんけ、おらぶんか、
よう分からんのだが、
しまいにゃ

「いぃち・・・にぃぃ・・・さぁん・・・しぃぃ・・・ごぉぉ・・・ろぉぉく
しぃち・・・はぁち・・・くぅぅ・・・じぃゆぅぅ・・・
じぃゆぅいぃちぃ・・・・じぃゆぅにぃ・・・」

げっ、、数をかぞえよる
しかも延々と…(;´д` )

わしもその晩、寝付かれんかったんじゃが、
翁が、数えよるのを聞きながら、最初はおかしぅて、
かわゅぅて、、、(● ´艸`)

が、、、

いつのまにか、、、
気が付いたら朝じゃった(´.ω.`) 人(´.ω.`)
その朝は、嬉しぅて、目覚めがよかったゎ^^
ありがと、おかげでよぅ寝られたで、ツチハシさん(゜▽゜人)
d0112251_1172156.gif

へぇで、ツチハシ翁の「おらび」は、
しんどいために魘されておるのか
それとも寝言なのか、
最後まで分からず、じゃった。。

話は変わるが、
入院したその時から、
患者はみんな

自分の名前、
住所
生年月日
年齢
ここはどこか
の、5項目を1日6回言わされるというきまりがあり
わしも言うておった。

「お名前は?」
「ちるめぐです」
「住所はどちらですか?」
「世羅郡S町K山○番地です」
   ↑   ↑
既にばればれなのにあくまで「S町K山」
でしらを切りとおす( ̄-  ̄ )シラァ~

「生年月日はいつですか?」
「昭和3○年1○月○日です」
「何歳ですか?」
「54歳です」
「ここはどこですか?」
「みつぎ総合病院です」
と、いう風に
コンチもコンチも言わされよった。

そして、このツチハシ翁も言わされておった。

「お名前は?」
「ツチハシ○○」
「生年月日は?」
「昭和○年○月○日」←よう聞き取れんかったし(;一_一)
げっ、わしのじぃさんと同い年じゃ=( =`д´= ;)⇒
「何歳ですか?」
「83歳」
「住所は?」
「広島県御調郡市村大字市(いちむらおおあざいち)」
「ツチハシさん、今は御調郡じゃなしに尾道市よ、
ほぃで、市村じゃなしにみつぎ町で、
大字は言わんのんよ^^」
看護師さんが優しぅに言うと
「あ、間違えた、尾道市みつぎ町市○番地」
翁は、正確に大きな声で答えなさった。
ふぅ~ん、この近くなんじゃ( ..)φメモメモ

それを聞いてわしゃ、益々この翁に親近感を覚えたものであった。
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ある時など
「あ~ぁ、わしゃ、どぅしようかいのぅ。。
金がないかもしれん。
寺の御正忌に参って
帳場に座っとりゃ、寺から『心付け』ないとくれるのに
ここにおったら貯まるどころか金がいるばぁじゃ、
わしゃ、払えんかもしれん。どうしようかいのぅ(-公-、)」
「ほんま、どうしようかいのぅ(-公-、)」

翁がそう落ち込んでおると、すかさず若い看護師さんが、
「大丈夫よね、ツチハシさん、
国がちゃんと払うてくれるよぉね。安心しとき^^v」
「うん」
聞き分けのええツチハシ翁じゃった(● ´艸`)

でも、この会話を聞いて
へぇ~っ!!ツチハシさん…お同行なんじゃ=( =`д´= ;)⇒
と、びっくりじゃった。
病院でしかもICUで、「御正忌」と、いう言葉が聞けるとは思わなんだ。
嬉しさと驚きでいっぱいじゃった^^

しかもツチハシ翁…

「ほんがんじぃまいりてぁぁ、ほんがんじぃまいりてぁぁ、ほんがんじぃまいりてぁぁ、
ほんがんじぃまいりてぁぁ、ほんがんじぃ・・・まいりてぁぁ、ほんがんじぃ…」
このセリフは数え切れんぐらい連呼しよった。

ある時など

「ほんがんじょうじゅ、ほんがんじょうじゅ、ほんがんじょうじゅ、ほんがんじょうじゅ、
ほんがん…ほんがん…じょうじゅ…ほん…」

寝言ではなく、本気で言よった。
そして、ツチハシ翁、
連呼するのが癖らしい。

身体がいよいよしんどぅなってきて、しまいにゃ、

「しんらんしょうにん、しんらんしょうにん、しんらんしょうにん、
しんらんしょうにん、しんらんしょうにん、
・・・しんらん、
しんらん、しんらん…しんらん、
・・・ちゃん…」

親鸞聖人に、「ちゃん」じゃと。。
わしじゃあるまいに=( =`д´= ;)⇒

翁の身体がしんどぅなりゃなるほど
言葉がコアに近づく。。

わしゃ、どげなお方なんじゃろぅと、
この翁の顔が見とうて、見とうてたまらんかった。

が、とうとうお会いできずじまいで退院するはめになってしもうた。
そして、この翁に一連の言葉を連呼せしめた師匠寺というもんは
どこの寺なんじゃろぅと芯から知りとぅなった。。

ぼれぇ最高のご教化やんけっ!=( =`д´= ;)⇒

も、もすかすて
みつぎのこうどうさん?
すげぇゎ=( =`д´= ;)⇒
なんちて(^^ゞ
d0112251_1194563.jpg

退院してからもう1ヶ月以上経つというのに・・・

どぅしよってかのぅ・・・
ツチハシさん。。( ̄▽ ̄)

と、毎日思い廻らすわしであった。

今回の話…
業界用語がほとばしりで
分かりにくかった方もおられたことでしょう。。

す、すみませんでした<(_ _)>
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by chirumegu | 2012-05-08 11:11 | 生きとるね | Comments(24)
2012年 05月 01日

入院談 ~ぶーびー章

病院の集中治療室・ICUは、大方ナースステーションの隣にあるが、
わしが入院していたみつぎ総合病院の集中治療室・ICUは、
ナースステーションを広くとりその中にあった。
そこは空いていただろうという空間に
10台ほど点在させられたベッドはすべてカーテンで仕切られており、
わしは、その一番奥に投げ込まれるようにして寝かせられた。

以前の記事にも書いた通り、そこで10日間過ごしたわけだが、
その間中まるで
救命病棟24時とか言うドラマのキャストの一員になったよな気になっていた
アリエンガ( ̄▽ ̄)
d0112251_20241434.jpg

救急車で運ばれMRIを撮り、その直後に
看護師さんが、
手早く血圧や熱を測り、
わしが来ていたパジャマを手際よく脱がせ
それから院内着に着替えさせ
ハルンバッグをつけてくれた。
その後、なんやらかんやらしてくれたが、
覚えてねぇゎ(;一_一)
覚えとるのは、
わしの目をこじ開けその目に向かって
ペンライトを照らしゆっくりと左右に振り
瞳孔が正常かどうかを調べてくれたということぐらいかの。

「ごめんなさいね、ちるめぐさん。眩しいけど、我慢してぇね」
優しく言いながら覗くその人の目は
じぃっと真剣に見開いてとても美しかった。
頭が、くそ痛かったわしには、まるで天女が降りてきたのかと思えて
この時ばかりは、心地ええ気がした。
名前はよう覚えんかったが、
このべっぴんがいっちゃん最初に会うた看護師さんであった。
d0112251_20245625.jpg

皆さんもご存じであろうが、ICUでは
面会も家族のみで、一人ずつで5分間のみ。
しかもICUに入る専用の胴着とキャップとスリッパをつけて
おまけに手や身体、足に至るまで
アルコールで消毒して入らなければならない。
その胴着とキャップは淡い水色しとった・・・


これを、、、


つけてKやらでぶがつけて入ってきたら・・・


特にキャップ・・・(● ´艸`)ププッ



他の人らがおるし
笑うたらいけんけ、堪えるのにわしゃ苦労したゎぃや
_( ̄▼ ̄)ノ彡☆ばんばん!

あ、いや全然関係なかった<(_ _)>

ICUでは、ぼれぇよぉけの看護師さんがおった。
頭がぼぉーとしとって
何人か数え切れんかったんじゃが、
そのよぉけの看護師さんらが、
座ってぺちゃっとるところを見たことがなかった。
何か知らんが、いっつも動き回っとった。
てかいっつも走りまわっとった。
昼間はもちろん、夜中じゃろぅが四六時中。
ICUの中の患者さんの見回りが終わったら
一般病室の患者さん。
やっと見回りが終わった思うたら
ナースコール。。
で、それで終わりか思うたら
それぞれの患者さんの点滴をやりかえる作業。。

へぇで、日替わり定食みたげに救急患者がやってきて
また、わしみたげにICUに放り込まれる。

こげなけん、看護師さんが足りんのんじゃのぅ。。
分かり切ったことじゃったが、
同じ部屋でその実情をまざまざと見せつけられたよぅな。


コンチもコンチも救急車で運ばれてくる患者さんは
わしとあと2人の同年代のおばさん2人と小学5年生のHかちゃんの
計4人以外は、
何故か75歳以上の後期高齢者のおじぃさんばっかじゃった。
じゃけん、看護師さんらは、必然的に努めて声がでかい。
耳が遠いけんのぅ、、おじいさんら…^m^
何でか知らんけど、おばぁさんよりおじぃさんの方が
圧倒的に多かった。

おじぃさんは、どの人もこの人もさみしがり屋じゃった。

特に夜中は奥さんも帰っていかれるので、たいがい
おらびよる。
「おらぶ」…分かりるぅ^m^
広島弁で「叫ぶ」言うことなんよ。。

おじぃさんは、一人だけじゃのぅて、
仰山おるけん、看護師さんも座る暇もねぇゎね。
でも、どの患者さんにも平等に接してあげよった。
ICUから出て5日以上が過ぎて退院の声が聞こえ始めたごろ
5年生のHかちゃんが退院して代わりに82歳のおばあさんが入ってきた。
このおばあさんは腎臓が悪く入院して1日おきに透析を受けておられた。
透析を受けたその晩は、一晩中唸っておられた。

その日も透析があり、おばあさんは、朝ご飯も抜き、
昼ごはんは透析がずれ込んで遅ぅなって、食べられんかったし、
晩ごはんは透析後の名残りでぼれぇしんどうて就寝前頃になって
ようよう食べる気になったらしぃ。
で、おばあさん、
「食べにゃいけまぁのぅ、、しんでぇが、食べてみるゎ」と、
頑張って食べ始めた。
若ぅてシャキシャキの看護師のオオマエさんが、
「ほんじゃ、私は、他の患者さんのところに行っとるけ、
何かあったらこれを押してぇね」
他の病室から呼ばれてオオマエさんは、
そう言いながらナースコールをおばあさんに渡し
はるか向こうの病室までかけって行った。

し~んと音のする中
カーテン越しに聞こえてくるおばぁさんの食べる音。
かちゃかちゃ
ずぅーこ ずぅーこ
スプーンと食器がすれ合う音やらすする音。

そのうち色んな音が聞こえてきだした。
「ふむ」「ふむ」「ふむ」「うん」「ふんが」
・・・「んぐっ」「むっ」
何か変=( =`д´= ;)⇒

わしもベッドから起き上がりカーテンをはぐり
「どしたん、おばあさん!!もう食べれんのじゃねぇん?」
声をかけたが、おばぁさん、それでもまだひたすらスプーンで口に運んどる。

急いで廊下に出てみるとさっきのオオマエさんが
他の病室に向かって走りよった。
「オオマエさん!!おばあさん、何か変なよ」
すぐにオオマエさんは、来てくれ、おばあさんを看てくれた。

「おばあさん!どしたん、もうこんとに食べたん?」
オオマエさんは、器の中の料理があまりにも早く減っているのに驚く。
「ちょっと口の中見せてみ!」
「うゎっ!!!!どしたんね!中が見れんぐらい詰め込んでからにっ!!」

おばあさん、
もう就寝の時間じゃし、
迷惑かけたらいけんし、
今日は朝から何も食べてないし、
元気つけよ
と、そう色々思うたらしい。
で、いっぱい、いっぱい、いっぱい
早ぅ、早ぅ、早ぅ
と、一生懸命食べようと詰め込んだんじゃろぅのぅ。。

オオマエさんのおばあさんの口への検問はひたすら続く
「うゎっ!!ちょっと春菊のおひたしが噛めてないじゃん
うゎっ!!しいたけも、たけのこもじゃんっ!!
こんとによぅけこの口に入ったねぇっ!」

オオマエさん手羽・・・リアル(;一_一)

「もぅぅっ!!・・・いけんっ!」
「おばあさん、これじゃ、透析をがんばってしても、こんとな食べ方しよったら
意味ないじゃん!!何のために透析するん。
少しずつゆっくり噛んで食べにゃ、死んでしまうよっ!
うちゃぁ、どぅしたらええんね、
おばあさんが、死んだらどうしたらええんねっ!(ノ`A´)ノ ⌒┫」
「あったまきた!ごめん、おばあさん、今から厨房に言うけんね、
美味しぅないけど、ミキサーにかけてどろどろのご飯にしてもらうけ。」
「ちるさん、ありがとう、おばあさん、死にかけよったんよ、ほんまにありがとう!」
そう言いながらおばあさんの食べこぼしや、出したものをきれいに片づけて、
今度はナースステーションに走っていった。

オオマエさん、本気でおばあさんのこと怒りよった。
おばあさんのいのちに本気で向き合ぅとった。
わしゃ、隣のカーテンのベッドで売る売るきた(-公-、)
オオマエさんみたげに生きたいと思うた。

オオマエさんだけじゃなしに、
みつぎ病院の第2病棟の看護師さんは、皆本気じゃったです。

すみません、コメント欄…
また閉じさせていただきます。
でも、今回が最後です。次回は、
開けられると思いますので、よろしくお願いいたします<(_ _)>

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by chirumegu | 2012-05-01 20:29 | 生きとるね